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京都地方裁判所 平成8年(わ)1021号 判決

主文

被告人を懲役一五年に処する。

未決勾留日数中五〇〇日を右刑に算入する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(認定した犯罪事実)

第一  被告人は、指定暴力団五代目甲野組傘下乙山会内丙川組組長であるが、同会会長のAの生命・身体を狙って、けん銃等を使用した襲撃があり得ることを予期し、右襲撃を受けた場合には、その機会を利用して襲撃者に対し積極的に加害行為をすることを、氏名不詳者数名と共謀していたところ、平成八年七月一〇日午前一一時五八分ころ、京都府八幡市《番地略》の丁原ガーデンハイツ一階二号室所在の理容店「戊田」で、右Aらが、B、Cほか数名から所携のけん銃で発砲される襲撃を受けるや、右謀議に基づき、不特定若しくは多数の者の用に供される場所である右理容店「戊田」及びその周辺路上において、

一  右B(当時四一歳)に対し、殺意をもって、被告人が所携の二五口径自動装てん式けん銃を用いてけん銃弾四発を、氏名不詳者が三八口径回転弾倉式けん銃を用いてけん銃弾二発を、それぞれ発射して右Bに命中させ、よって、同人を、そのころ、同所において、大動脈・心臓貫通射創により失血死に至らしめ、もって、不特定又は多数の者の用に供される場所で、けん銃六発を発射するとともに、同人を殺害し、

二  右C(当時三八歳)に対し、殺意をもって、氏名不詳者がけん銃を用いてけん銃弾三発を発砲して命中させ、よって、右Cを、同日午後零時五〇分ころ、同市八幡五反田三九番の一所在の八幡中央病院において、心臓貫通射創により失血死に至らしめて殺害した。

第二  被告人は、前記氏名不詳者数名と共謀の上、法定の除外事由がないのに、同日午前一一時五八分ころ、前記理容店「戊田」及びその周辺路上において、二五口径自動装填式けん銃一丁をこれに適合する実包六発と共に、三八口径回転弾倉式けん銃一丁をこれに適合する実包二発と共に、それぞれ携帯して所持した。

(証拠)《略》

(事実認定の補足説明及び弁護人らの主張に対する判断)

一  弁護人らの主張

弁護人らは、本件公訴事実について、(一)本件は共謀共同正犯であるから、訴因を明示する方法として、共謀の日時・場所、態様及び具体的内容が十分に特定されていなければならないのに、本件共謀の訴因は、これらが何ら示されておらず、訴因の特定が不十分であるから公訴を棄却すべきである、(二)被告人の捜査段階の供述を除いて、被告人が現場でけん銃を所持し、発射したことを認めるに足りる証拠はない、(三)被告人は、本件につき事前共謀も現場共謀もしていない、(四)B及びCは、同士討ちにより死亡した可能性もあるし、被告人のけん銃発射行為と、右両名の死亡との間に因果関係は認められない、(五)被告人の行為は正当防衛である旨主張するので、以下検討する。

なお、以下では、供述調書及び公判調書中の供述部分を、単に「供述」という。

二  公訴棄却の主張について

弁護人らは、本件訴因は共謀共同正犯であるとして種々主張するところ、本件訴因は、公訴事実中に被告人の具体的な実行行為が明示されているように、実行共同正犯であるから、右主張は前提を誤っている(もとより、共謀共同正犯についても、他の共謀者による実行行為が日時・場所、方法等によって特定している以上、共謀の日時・場所、内容等が記載されていなくても、訴因の明示に欠けるところはないと解すべきである。)が、所論にかんがみ検討しても、本件訴因の特定に欠けるところはないと認められるから、右主張は到底採用できない。

三  本件襲撃及び本件銃撃戦の概要等について

関係各証拠によって明らかに認められる事実は、次のとおりである。

1  被告人は、指定暴力団五代目甲野組傘下乙山会(以下「乙山会」という。)内丙川組(以下「丙川組」という。)組長であるが、同会のA会長が散髪をするため、平成八年七月一〇日午前一一時四〇分ころ、同会長と共に京都府八幡市《番地略》の丁原ガーデンハイツ一階二号室所在の理容店「戊田」(以下「戊田理容店」という。)に来店し、同店主Dが、A会長の散髪をする間、被告人は同店内の待合室で椅子に座っていた。

同日午前一一時五八分ころ、トヨタクラウンと日産シーマ(以下、それぞれ「クラウン」及び「シーマ」という。)の二台の乗用車に分乗した七、八人の男たちが、「戊田理容店」前に乗り付け、同店の外側に並ぶようにして、それぞれが同店内に向けてけん銃を発砲した(以下、これを「本件襲撃」といい、同襲撃に加担した者を「本件襲撃者」という。)。

これに引き続き、「戊田理容店」の周辺で銃撃戦(以下「本件銃撃戦」という。)が行われ、その際、本件襲撃に加わっていた指定暴力団四代目甲田傘下乙野会組員B及びC(以下、それぞれ「B」及び「C」という。)が銃撃を受けて、Bは、そのころ、同所において、大動脈・心臓貫通射創により、Cは、同日午後零時五〇分ころ、搬送先の同市八幡五反田三九番地の一所在の八幡中央病院において、心臓貫通射創により、それぞれ失血死した。

2  本件襲撃及び本件銃撃戦が行われた「戊田理容店」の周辺の状況は、別紙現場見取図第1図のとおりであり、同店が入居する丁原ガーデンハイツ一階の南隣には「らうんじ丙山」が、また、北側には、「戊田理容店」から見て北へ順に、「酒房丁川ちゃん」、「喫茶ラウンジ戊原」及び「焼肉甲川亭」が、それぞれ入居している。

右丁原ガーデンハイツの北方には、南西に向かう幅員約三・四メートルの道を挟んで、丁野歯科医院専用駐車場及び同歯科医院が位置し、同ガーデンハイツの前には、片側一車線ずつで幅員約九メートルの市道幣原一号線(以下「本件道路」という。)が南北に通り、その両側には歩道(幅員は西側が約三・三メートル、東側が約三・二五メートル)が設置されている(以下では、別紙現場見取図第1図で表された本件建物を挟んだ一帯を「本件現場」という。)。

3  本件銃撃戦後に警察が捜査したところ、「戊田理容店」前には、本件襲撃者が乗り付けたクラウン及びシーマが、Dが同店前に駐車していた同人所有の「キャバリエ」を挟むようにして遺留されていた(三台の自動車の位置関係は、別紙現場見取図第1図の「クラウン」、「シーマ」及び「キャバリエ」の表示のとおり。)。

クラウンの車内には三八口径回転弾倉式けん銃一丁及び三二口径自動装てん式けん銃一丁が、「喫茶ラウンジ戊原」前付近には、三八口径回転弾倉式けん銃二丁が、それぞれ遺留されていたほか、同月一三日になって、「戊田理容店」の裏手にある空地内から、三八口径回転弾倉式けん銃一丁が発見された。

また、「戊田理容店」前を中心に、「喫茶ラウンジ戊原」前にかけての前記丁原ガーデンハイツの外壁等には、多数の弾丸の貫通痕、跳弾痕及び着弾痕が認められたほか、その周辺からは鉛片様のものが多数発見された。

4  本件銃撃戦で死亡したBは、別紙現場見取図第1図の符号<A>の地点に倒れていたが、同人の死体には、右外側上部から内側下方向に弾丸が貫入したものと考えられる右頬下部盲管銃創一か所と、同人がやや前屈みになったところをほぼ右手から撃たれて生じたものと考えられる右背面外側部盲管銃創及び右側胸部盲管銃創各一か所が、それぞれ認められた。このうち、右頬下部盲管銃創からは二五口径自動装てん式けん銃用被甲弾丸一個が、右背面外側部及び右側胸部の各盲管銃創からは三八口径回転弾倉式けん銃用弾丸各一個(合計二個)が、それぞれ摘出されたが、右三八口径回転弾倉式けん銃用弾丸二個は、鑑定の結果、同一の銃器から発射された可能性が大きいと判定された。

また、同じく本件銃撃戦で死亡したCは、別紙現場見取図第1図の符号<B>の地点に倒れていたが、同人の死体には、身体の正面からほぼ水平に被弾したと考えられる貫通銃創が胸部に一か所、前方から撃たれて生じたと考えられる擦過銃創が左腋下と左足膝蓋骨左下側に各一か所、それぞれ認められた。

四  本件襲撃の目的について

前記のとおり、本件襲撃は、白昼、理容店の前に二台の車に分乗して乗り付けた七、八人の男たちが、いきなり同店内に向けて一斉にけん銃を発砲したというものであるところ、関係各証拠によれば、本件襲撃が開始された当時、「戊田理容店」内にはDのほか、被告人及びA会長しかいなかったこと、Dは、本件襲撃に驚いて、けん銃の発射音がするとすぐに同店外に待避しているが、その後も同襲撃は継続していたこと、本件襲撃戦で死亡したB及びCは、いずれも指定暴力団四代目甲田傘下乙野会組員であり、被告人及びA会長も、B及びCとは別の暴力団関係者であること、本件銃撃戦直後に本件現場近くで、右乙野会若頭補佐のEが乗車した自動車が警察官の職務質問を受けたが、その後、右職務質問の場所付近の水田から、三八口径回転弾倉式けん統一丁が、右乙野会元組員のポケットベルと共にウエストポーチに入った状態で発見されたこと、本件襲撃犯として起訴されたものと解されるFは、同人の公判で、Bの指示で本件現場に赴いた旨供述し、同じく本件襲撃犯として起訴されたと解されるGは、同人の公判で、A会長を射殺することをBと共謀した旨供述していることなどが認められ、これらの点を勘案すれば、本件襲撃は、B及びCを含む右乙野会関係者と解される者が、A会長又は同会長及び被告人の双方を狙って行ったものと推認される。

五  被告人が二五口径自動装てん式けん銃一丁を適合実包六発と共に携帯し、四発を発射して、そのうち一発をBに命中させたことについて

1  関係各証拠によれば、本件当時の「戊田理容店」内の状況は、別紙現場見取図第2図のとおりであり、本件襲撃が開始された当時、A会長は、三つある理髪台の中央の台(同見取図の符号甲)に座り、Dはその近くに立って同会長の散髪をしており、被告人は、そこからやや離れた出入口近くにある待合室の椅子(同見取図の符号乙)に座っていたことが認められる。

2  また、本件発生後に行われた検証及び実況見分の各調書(検第四号及び第五号)によれば、「戊田理容店」内の待合室のマッサージ用椅子の北壁面と隙間の床面上(別紙現場見取図第2図の符号<A>の地点)及び本棚中央前床面上(同<B>の地点)から実包各一個(合計二個)が、右マッサージ用椅子の背もたれ中央上部(同<C>の地点)、同室の被告人が座っていた椅子と右マッサージ用椅子との間にある椅子の下の床面上(同<D>の地点)、同室のテーブルの中央部(同<E>の地点)及び同テーブルの南端部(同<F>の地点)から打殻薬きょう各一個(合計四個)が、同店の中央部にあるレジスターの出入口側横のゴミ箱の理髪台側(同<G>の地点)から被甲弾丸様一個が、それぞれ発見されたこと、「戊田理容店」の本件道路に面した窓及び出入口の状況は、別紙現場見取図第3図のとおりであるところ、最も南側のガラス窓の南下部サッシ枠に、同店内から発射された弾丸によるものと認められる跳弾痕が一か所(同見取図の符号<A>の地点)、出入口ドアを挟んで北側の待合室側の窓に同店内から発射された弾丸によるものと認められる貫通様痕が一か所(同<B>の地点)、同窓の下中央のサッシ枠に同店内から発射された弾丸によるものと認められる着弾痕が一か所(同<C>の地点)、出入口のガラスドアの店内から見て左中央のサッシ枠に同店内から発射された弾丸によるものと認められる跳弾痕が一か所(同<D>の地点)、それぞれあったことなどが認められる。

弁護人らは、右検証調書及び右実況見分調書の信用性を争うが、右検証及び右実況見分を実施した南崎親廣は、昭和四七年二月に警察官となってから、十数年にわたり鑑識関係の活動に従事した経験を有しているところ、その検証及び実況見分の過程にも不自然、不合理な点はないし、他の関係各証拠とも整合しているのであって、弁護人らの所論にかんがみ検討しても、右検証調書及び実況見分調書の内容は十分信用できる。

3  さらに、「戊田理容店」内で発見された前記実包二個、打殻薬きょう四個及び被甲弾丸様一個についてなされた鑑定書(検第三八号)及び同鑑定を行った証人久田博の供述によれば、右実包二個は、いずれも二五口径自動装てん式けん銃用実包であること、右打殻薬きょう四個は、いずれも二五口径自動装てん式けん銃用実包の打殻薬きょうであり、その遊底頭痕(発射時に薬きょうが後退して、その底面が遊底頭面と衝突することによって生じる条痕)及び撃針痕(発射時に撃針が実包の雷管を打撃することによって生じる痕跡)の形状の一致から、同一の銃器により発射されたものと判定されたこと、右被甲弾丸様一個は二五口径自動装てん式けん銃用発射済み弾丸であること、「戊田理容店」内で発見された右被甲弾丸様と、Bの死体から摘出された二五口径自動装てん式けん銃用被甲弾丸とは、綫丘痕(弾丸が発射された際に、けん銃の銃身の内側に等間隔に刻まれた螺旋状の溝〔腔綫〕により山状になった部分〔綫丘〕によって弾丸が削られて生じる痕跡)の特徴条痕(弾丸に認められる線状の痕跡のうち、視覚的にはっきりしており、経験則上再現性があると考えられるもの)の一致から、同一の銃器により発射されたものと判定されたことなどが認められる。

弁護人らは、右鑑定結果及び右久田証言の信用性を争うが、右久田は、銃器鑑定の専門家であり、昭和四九年四月に京都府警察本部刑事部科学捜査研究所の技術吏員となって以来、多数の銃器鑑定に従事してきたものであるところ、右鑑定手法及び経過や、その鑑定内容には、不自然、不合理な点はなく、弁護人の所論にかんがみ検討しても、右鑑定結果及び右証言は十分信用できる。

4  以上の事実に加え、被告人は、弁解録取に際し、本件当時、けん銃を二、三発発射した旨供述しているところ、同供述の信用性に疑いを差し挟む余地はないこと、証人Dの供述によれば、A会長は、本件襲撃が開始された当時、散髪用の布をまとっていたというのであり、直ちにけん銃を発砲できるような状態にはなかったと思われること、同じく同供述によれば、被告人は、本件襲撃を受けて慌ててはいたが特に逃げる様子にはなかったと認められることなどの点をも総合すれば、本件襲撃当時、被告人は、「戊田理容店」内で、二五口径自動装てん式けん統一丁を適合実包六発(同店内で別紙現場見取図第2図の符号<A>から<F>までの各地点で発見された二五口径けん銃用実包二個及び同実包の打殻薬きょう四個に対応)と共に携帯しており、うち四発(右打殻薬きょうに対応)を同店内で発射したことが優に認められる。

そして、被告人が携帯していたと認められる二五口径自動装てん式けん銃は、発砲の際、打殻薬きょうが外部に排きょうされるところ、本件当日、本件現場で行われた捜査では、遺留された回転弾倉式けん銃の弾倉内に残っていたものを除くと、「戊田理容店」内で発見された前記四個以外に打殻薬きょうは発見されておらず、被告人の携帯していた右けん銃から、前記四発以外にも発砲がなされた状況は認め難いこと、加えて、Bを含む本件襲撃者らの襲撃時の配置や移動状況、Bの倒れていた位置及び被弾状況等一切の事情を併せ考慮すれば、被告人が同店内から発射した右四発のうちの一発がBに命中し、それがBの死体から摘出された被甲弾丸であると認められ、また、右各事情からすれば、被告人のBに対する殺意も優に認めることができる。

六  被告人が、本件現場に駆けつけた氏名不詳者らと事前共謀に基づいて本件襲撃に対する反撃に出た結果、B及びCを殺害したことについて

1  本件襲撃及び本件銃撃戦を目撃した者らの供述内容及びその信用性

証人Dは、クラウン及びシーマで乗り付けた男たちが本件襲撃を開始した状況のほか、同襲撃の開始に驚いて、被告人及びA会長を「戊田理容店」内に残したまま、同店外に出て、近くの飲食店に避難したこと、銃声は全部で二十五、六発聞こえたこと、三、四分経って銃声が聞こえなくなった後、さらに何十秒かしてから「戊田理容店」に戻ろうとしたところ、「らうんじ丙山」より南の本件道路の西側歩道上を、被告人とA会長が元気よく歩いていたが、両名には負傷した様子は見られなかったこと、そこへ茶色か何かの車が来て、A会長は同車に乗ったが、被告人が乗ったかは見ていないこと、本件襲撃から一〇分も経たないうちに「戊田理容店」に戻ったが、同店内の待合室には銃弾や薬きょうが散乱していたことなどを供述する。

次に、証人Mは、本件当日の昼ころ、本件道路を、北方から南方に向けてトラックで走行していたが、自車の前を同一方向でのろのろ運転していた茶色のマツダセンティア(以下「センティア」という。)が、本件現場から見て本件道路を北上した地点に位置する乙川医院前に差し掛かった辺りで、同車の運転手が窓を開けて携帯電話で通話し、その直後、急にスピードを上げて南進した上、丁野歯科医院専用駐車場前付近でUターンし、同駐車場前付近の本件道路の西側歩道上を「戊田理容店」の方から丁野歯科医院方向に走ってきた二人の男に向かって切り込む形で停車した上、同車の運転席と助手席から男が降りようとしたこと、「喫茶ラウンジ戊原」と「焼肉甲川亭」の辺りから、二、三人の男たちが、本件道路の西側歩道上を北向きに走っていたが、その足元には火柱が走っており、爆竹のような音が聞こえたこと、右火柱は、本件道路の西側歩道から車道上に出た三人くらいの男たちがけん銃を二、三発ずつくらい発砲したものであること、同歩道上を北方に走る二、三人の男たちのうち、一人は、車道上の男たちに向けて、けん銃で三発くらいを撃ち返していたこと、同歩道上を北向きに走っていた男たちが逃げるような形で撃ち合いが終わった後、四、五人の男が、「焼肉甲川亭」前で、立ち上がろうとしている一人の男を取り囲んで殴る蹴るの暴行を加えていたこと、右暴行を加えていた男のうち一人が、別の二人の男たちと、「喫茶ラウンジ戊原」前付近に停車していた白色の三菱ディアマンテ(以下「ディアマンテ」という。)に乗車して本件現場を離れたが、その際、近くに停まっていたクラウンに左前部を擦るように衝突させたこと、「喫茶ラウンジ戊原」の側には、うつ伏せで車道に頭を置いて背中から血を流している男が倒れていたことなどを供述する。

また、本件道路を隔てて「戊田理容店」のはす向かいにある乙原土木株式会社の事務所から本件襲撃を目撃したH子は、クラウン及びシーマの二台の車が、「戊田理容店」前路上に停車し、降りてきた七、八人の男たちが同店内に向けてけん銃を発射したので、社長の指示で一一〇番通報をしたこと、同通報を終えて再び七、八人の男たちがいた辺りを見たところ、男たちはいなくなっており、クラウンの西側に男が一人倒れているのに気付いたため、社長と一緒に救急車を呼ぼうとしたが、そのころ銃声は途絶えていたこと、社長が救急車を呼んだ後、白色の車がクラウンの右前方の路上に北向きに停車し、その右後部座席に男が乗り込んで北方に走り去り、また、茶色の車が本件道路を北方から南方に進行してきて、被告人と思われる男が、もう一人の男とともに「戊田理容店」前の階段を下りてきて、「すし丙田」の入口より少し北辺りに停止した右茶色の車に乗り込んで走り去ったこと、本件現場から走り去った二台の車のナンバーは、それぞれ「〇〇〇〇」及び「〇〇〇〇」であったことなどを供述する。

さらに、丁野歯科医院に勤務していた証人I子は、本件当日の正午前ころ、怒鳴り声とけん銃の発射音を聞いて同医院の北側窓から外を見たところ、すぐ北側の道をセンティアが走行しており、同車に向かって男がけん銃を撃っていたことなどを供述する。

右各供述内容には、記憶の薄れ等によると解されるが、部分的にあいまいな点があることは否定できないものの、全体としては、迫真性に富み、かつ、前後の状況や、他の関係各証拠によって認められる客観的事実とも整合しており、利害関係のない第三者の供述であること等にかんがみると、信用性が高いと考えられる。

2  証拠によって認められるその他の事実

関係各証拠によれば、本件当日、本件現場に近い後記戊山ハイツのすぐ近くの駐車場に、左前輪がパンクするとともに、左前部フェンダー部等にクラウンとの衝突による損傷が認められ、かつ、貫通痕や跳弾痕も認められる白色のディアマンテ(自動車登録番号は、京都〇〇り〇〇〇〇)が、また、同月一六日、本件現場から約一キロメートル東方の路上に茶色のセンティア(自動車登録番号は、大阪〇〇の〇〇〇〇)が、それぞれ遺留されているのが発見されたこと、センティアの車内に二台、ディアマンテの車内に一台の合計三台の無線機が積載されており、これらはいずれも同一の周波数で固定されて相互に交信でき、外部からの割り込み交信ができないようにされていたこと、センティアは、被告人が組長を務める丙川組若頭補佐のJの所有名義であり、ディアマンテは、同組副組長のKの所有名義であることなどが認められる。

また、関係各証拠によれば、生花卸小売業者で、乙山会及び丙川組と取引関係のあったLは、平成七年八月ころ、同組組員であるJ’ことJから、A会長の自宅から北方約一キロメートル余りに位置する戊山ハイツB棟二〇二号室の賃借名義人になるよう依頼されて承諾し、同年九月に家主と賃貸借契約を結んだこと、右Lは、同室を利用したことはなく、家賃や保証金のやりとりにも関与していないところ、同室には、同年暮れころから、やくざ風の派手な服装やパンチパーマ等の髪型をした男が六人くらい出入りしており、その中には被告人もいたほか、乙山会関係者がもう一人はいたこと、その男たちは、自動車に乗って同室に来ていたが、その中には茶色のセンティアや白色のディアマンテもあったこと、本件当日の午前一〇時ころ、男たちが同室からセンティアとディアマンテに三人ずつくらい分乗して出て行ったこと、本件発生後、右戊山ハイツの家主から右Lに対して退去要求がなされ、同人が右二〇二号室に出向いて荷物を運び出し、荷物の処分について丙川組に問い合わせたが返答がなかったため、A会長の妻の承諾を受けて荷物を処分したこと、A会長は、平成八年一月ころから自宅の西方数百メートルに位置する丁野歯科医院に、歯の治療のために十数回通院していたが、ほとんどの場合、被告人がこれに同行し、A会長の診療中、被告人は待合室で待機していたこと、A会長と被告人が自動車で同歯科医院に来院するときには、センティア又はディアマンテもその付近に来て、A会長らが乗ってきた自動車から二、三十メートル離れた位置に駐車し、A会長らが自動車で帰る際には、その後を付いて行っていたこと、A会長は、二週間に一回程度の頻度で「戊田理容店」に来て散髪していたが、その際も被告人がボディーガードとして同行し、A会長の散髪が終わるまで待合室で待機していたころ、A会長が徒歩で外出する際には、センティアかディアマンテが、その二、三十メートル後方をゆっくり付いて行っていたこともあったことなどが認められる。

3  検討

三項以降で認定の事実にこれら諸事情を総合すれば、被告人及び乙山会関係者と推認される氏名不詳者らは、A会長の生命・身体を狙った、けん銃等を使用した襲撃があり得ることを予期しており、本件襲撃の発生前から、A会長の外出時に身辺警護を行うに際しては、警護用車両としてセンティアやディアマンテを使用し、無線機で連絡を取り合うなどしてその周辺を警護し、かつ、けん銃を適合実包と共に携帯し、A会長が外部から襲撃を受けた場合には、A会長を守るとともに、襲撃者らに対しけん銃を発砲して反撃する旨の謀議を遂げており、本件当日も、A会長が「戊田理容店」で散髪するなどの外出をするに際し、警護のために、乙山会関係者と解される氏名不詳者約六人が、右二台の車に分乗して出発し、同会長が「戊田理容店」で散髪をしている間、同所付近でその警護に当たっていたものと推認される。

そして、身体枢要部を正面又は真横から撃たれているB及びCの前記被弾状況や、本件襲撃者が「戊田理容店」前に並ぶように立って銃撃を開始したのに引き続く本件銃撃戦に際し、逃走中と思われる者、逃走しながらけん銃で応戦していると思われる者、これを追いながらけん銃を発砲していると思われる者、Cと解される男に対して集団で暴行を加えている者などが本件現場で目撃されているが、敵味方が入り乱れてバラバラになっていたわけではなく、双方ともほぼまとまって行動しており、誤って味方を撃つことは考えにくいという本件現場での関係者の行動状況などからすれば、弁護人らが指摘するような、B及びCが同士討ちに遭ったとの合理的疑いを容れる余地はなく、B及びCは、本件襲撃に際し反撃を加えた側、すなわち被告人及び同人と共謀した氏名不詳者数名の銃撃によって死亡したものと認められる。

また、本件襲撃に際して、被告人は、慌てた様子はあったものの、逃げようとしたりはしなかったこと、本件現場にセンティアで駆けつけた氏名不詳者らは、「戊田理容店」で本件襲撃を受けたA会長や被告人の救助に向かわず、本件襲撃者の方に直ちに向かっていること、B及びCの被弾状況等からも明らかなように、身体枢要部に対して殺傷能力の高いけん銃で執拗な攻撃が加えられていること、本件銃撃戦が終わった後、被告人は、A会長とともにセンティアに乗って本件現場を後にしているところ、当初、七、八人の男たちから銃撃を受けたはずであるのに、被告人もA会長も特に負傷した様子はなかったことなどをも総合すれば、被告人及び氏名不詳者らは、本件襲撃を受けて、事前の謀議どおり、即座に対応し、A会長を守るためにけん銃を発砲し、殺意をもって反撃行為に出た結果、B及びCを殺害したものと認められる。

そして、前記のとおり、被告人は本件銃撃戦に際し、二五口径自動装てん式けん銃を使用していたと認められるから、Bの死体から摘出された三八口径回転弾倉式けん銃用弾丸二個は、他の氏名不詳者が使用した三八口径回転弾倉式けん銃一丁から発射されたものと認められる。

他方、Cの死体からは、弾丸等は摘出されておらず、同人の三か所の銃創がいかなるけん銃の発砲により形成されたかは不明であるが(もっとも、本件襲撃者による同士討ちの可能性が認め難いことは、前記のとおりである。)、前記のとおり、被告人の携帯していたけん銃は、発砲に伴い打殻薬きょうが排きょうされるはずであるのに、「戊田理容店」内で発見された四個を除き、本件現場から、それらしき打殻薬きょうは発見されていないこと、本件銃撃戦は短時間のうちに終息しているところ、BとCは本件現場の離れた位置で倒れているのが発見されたことなどをも勘案すれば、被告人がけん銃を発砲してCに命中させたことを認定することはできない(検察官も、氏名不詳者がCに対してけん銃を発砲して射殺したとして本件公訴を提起しており、その前提で本件の審理が進められてきたものである。なお、検察官は、その受傷状況から三発と解されるCに対するけん銃発砲行為にかかる銃砲刀剣類所持等取締法違反の罪については、起訴していないと釈明した。)

七  被告人に正当防衛が成立しないことについて

正当防衛が成立するためには、侵害に急迫性があることが必要であるが、緊急行為としての正当防衛の本質からすれば、反撃者が、侵害を予期した上、侵害の機会を利用し積極的に相手に対して加害行為をする意思で侵害に臨んだときは、侵害の急迫性は失われると解するのが相当である(最高裁昭和五二年七月二一日決定、刑集三一巻四号七四七頁、同昭和五九年一月三〇日判決、刑集三八巻一号一八五頁等参照)。

これを本件について見るに、本件銃撃戦に加わった被告人及び氏名不詳者らは、前記認定のとおり、A会長に対して、けん銃等を使用した襲撃があり得ることを予期していたが、警察等に救援を求めることもせず、同会長の外出時には、ボディーガードとして被告人がA会長に同行するとともに、二台の自動車に分乗した男たちが、無線機で連絡を取り合うなどしながら、その周辺を見張り、かつ、けん銃を適合実包とともに携帯するなどの厳重な警護態勢を敷いていたものである。

そして、A会長らが本件襲撃を受けるや、被告人らは、事前の謀議に従い、即座に対応してこれに反撃を加え、本件襲撃者をその場から撃退するにとどまらず、殺意をもってけん銃を発砲して激烈な攻撃を加えてB及びCを殺害したものであって(このことは、B及びCの前記被弾状況や、「戊田理容店」にいるA会長が本件襲撃を受けたことを察知したと解される氏名不詳者らが、同会長や被告人の救援に向かうことなく、逃走中と思われる本件襲撃者に対する反撃に向かっていることなどからも裏付けられる。)、A会長が襲撃を受けた機会を利用して積極的に本件襲撃者に加害行為をする意思で、B及びCの殺害を実行したものと評し得、また、関係各証拠を総合しても、予期していた以外の相手からの襲撃であったものとは認められないから、侵害の急迫性の要件を欠いており、正当防衛はもとより、過剰防衛も成立する余地はない。

なお、弁護人らは、警察官が反撃のためにけん銃を使用したことが正当防衛と認められた裁判例が存するなどとも主張するが、本件とは事例を全く異にし、本件に当てはまらないことは多言を要しない。

八  結論

以上によれば、被告人が氏名不詳者数名と共謀の上、判示のとおり、適合実包と共にけん銃二丁を携帯していたこと、及びこれらのけん銃を発射ないし発砲して、B及びCを殺害したことは優に認められるのであり、その他所論にかんがみ検討しても、弁護人らの主張は、いずれも失当であって採用することができない。

(法令の適用)

罰条

判示第一の一の行為

けん銃発射の点 包括して刑法六〇条、銃砲刀剣類所持等取締法三一条、三条の一三

殺人の点 刑法六〇条、 一九九条

判示第一の二の行為 刑法六〇条、一九九条

判示第二の行為 包括して刑法六〇条、銃砲刀剣類所持等取締法三一条の三第二項、一項、三条一項

科刑上一罪の処理(判示第一の一について)

刑法五四条一項前段、一〇条(一罪として重い殺人罪の刑で処断)

刑種の選択(判示第一の一、二の各罪について)

いずれも有期懲役刑を選択

併合罪の処理 刑法四五条前段、四七条本文、一〇条(犯情の最も重い判示第一の一の罪の刑に同法一四条の制限内で法定の加重)

未決勾留日数の算入 刑法二一条

訴訟費用の負担 刑訴法一八一条一項本文

(量刑の理由)

一  本件は、広域暴力団の幹部である被告人が、氏名不詳者数名と共謀の上、同暴力団の会長に対して銃器等を用いた襲撃があることを予期し、襲撃を受けた場合には、けん銃を用いて襲撃者らに積極的な攻撃を加えて殺害することを企て、予期どおりに会長を襲撃してきた者一名に対しけん銃六発を発射し、同様の者一名に対しけん銃三発を発砲して、右二名をそれぞれ殺害し、その際、けん銃二丁を適合実包六発と共に携帯したという事案である。

右犯行は、白昼、住宅街で、けん銃を適合実包と共に携帯した上(発砲状況に照らすと、右けん銃には、直ちに発砲できるよう実包が装てんされていたものと推認できる。)、襲撃者らに向けて発射するなどし、二人を殺害するに及んだというものであって、地域住民や通行人等の一般市民を巻き添えにする危険性が極めて高い、市街戦まがいのものである。

右犯行に際し、死亡した被害者らの方から先にけん銃を発砲して襲撃してきたという経緯はあるが、前記認定のとおり、被告人らは右襲撃を予期していたのに、警察などに救援を求めることなく、法が所持を厳しく規制しているけん銃を準備し、襲撃を受けた場合には、これを発砲して積極的に加害行為をする旨謀議した上、その謀議に基づき、本件各犯行を敢行したものであり、その発想と行動に酌量の余地は全くない。

他方、本件現場付近の住民らは、平穏な日常生活を営んでいたところ、突如として、流血を伴う激しい銃撃戦を目の当たりにさせられたのであり、右住民らが受けた衝撃と恐怖感は計り知れない。

けん銃を使用した凶悪事犯が近年多発し、銃器取締りの強化が強く叫ばれている昨今の社会状況に照らしても、被告人の犯行は強い社会的非難を免れない。

被告人は、広域暴力団の幹部であるとともに、その傘下の暴力団組長であるが、粗暴犯前科五犯を含む多数の前科を有しており、直近の前科は、平成四年一〇月に傷害罪により言い渡された懲役一年、執行猶予三年の有罪判決であるところ、被告人は、その猶予期間満了から約八か月しか経たないうちに本件各犯行を行っており、遵法精神の欠如は甚だしい。

のみならず、被告人には、本件犯行を反省している様子は窺われず、暴力団との関係を断とうとする意思も全く認められないのであって、再犯のおそれも否定できない。

二  以上によれば、被告人の刑事責任は極めて重大であり、被告人には帰りを待つ家族があることなど、被告人のために酌むべき事情を十分に考慮しても、主文の刑が相当であると判断した。

(裁判長裁判官 榎本 巧 裁判官 松田俊哉 裁判官 宮本博文)

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